加計ありき?!加計学園問題から競馬を考える

加計学園問題が話題になって久しいですが、いろんな立場から当問題を論じられますが、

論点をまとめれば、
・行政プロセスが適切だったか
・獣医学部の設置の必要性 

この2点に集約されます。

◇行政プロセスが適切だったか
野党が主に批判材料にしているのが、加計学園への獣医学部の設置を前提にして、行政の意思決定が行われたのではないか、いわゆる加計ありきという問題です。

安部首相が加計学園の理事長である加計孝太郎とおともだちであることが一層、加計ありきの疑いを深めてしまいました。

ただ、京都産業大学とは違い、加計学園は10年前から政府への申請をし続けてきているのに加えて、反対勢力の獣医師会側がそもそも獣医学部の新設は一校に絞るように要請していることからも、「加計ありき」の主語は、政府や安倍首相ではなく、獣医師会であるとも解釈できるのです。

獣医学部の設置の必要性
政府や首相側を擁護する意見としては、上記のようなプロセス面でも大問題はないし、そもそも獣医師は足りていないし、やろうとしていることに全く非はないではないかという意見ですね。

確かに素人的に考えても、獣医師がどれだけ不足しているかはわからないけど、別に獣医学部を設置してそんな悪いことはなさそうですよね。何せ50年以上も新設されていないそうですから。
加計ありきであろうが、なかろうが、結果として行われる行政活動が善ならまぁいいだろうという感じでしょうか。

とまぁ、柄にもなく政治ネタですが、このニュースで「加計ありき」というワードを耳にするたびに、競馬ファンの私は、いつも「”賭け”ありき」に脳内で変換されるのだ。

競馬は、賭けありきなのだろうか?

純粋に馬がキレイだといって楽しむ人、純粋にスポーツとして楽しむ人、馬券メインで楽しむ人、
競馬にはさまざまな楽しみ方がある。

では、賭けないことありきな、サッカー、野球、相撲などのスポーツはどう楽しむのか。
自分の支持するチームや選手を応援し、その勝敗に一喜一憂する人、勝負自体を楽しむ人もいるだろう。
しかし、賭けないことありきだから、勝敗を予想することを楽しんでいる人は相対的に少ないだろう。
つまり、エンターテインメントを受け身で楽しむ事が多いのだ。

そもそも、サッカー(TOTOはあるがどちらかといえば宝くじ的)、野球、相撲を賭けありきで楽しむことは法に触れてしまう。

一方で、競馬は賭けありきで楽しむことが許される日本で数少ないスポーツだ。

賭けありきであるからこそ、結果を予想する必要が生まれ、そして誰もが専門家のように細かく競馬について分析するようになる。

賭けないスポーツを観る時よりも、観察眼を凝らし、物事を考える癖がつきやすい。
それは受け身ではなく、能動的にエンタメに向き合う姿勢であり、ここに賭けありきの良さがあるのではないか。

賭けありきも悪くない。

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